<文化+>日本で学んだ声優・連思宇さん、台湾声優の地位向上願う

2021/01/11 07:01 文字サイズ: 字級縮小 字級放大

「ドラえもん」のドラミ、韓国映画「パラサイト 半地下の家族」のパク夫人、「るろうに剣心 新京都編」の明神弥彦と駒形由美――。これらはいずれも声優・連思宇さんが台湾版の声優を務めたキャラクターだ。連さんは日本の専門学校で声優の技術を学び、台湾に戻ってきた。現在30代で、声優歴は9年を誇る。連さんは、台湾で台湾人声優が実力を低く見積もられている現状を憂い、その力を正しく評価されることを願って活動を続けている。

本記事は中央社の隔週特集「文化+」の中国語記事【台、日雙聲道逮就哺 連思宇不服台灣聲優比較弱】を翻訳編集したものです。

録音室で笑顔を見せる連思宇さん

録音室で笑顔を見せる連思宇さん

 連さんが声優になろうと思ったきっかけは、大学の一般教養科目として取った発声訓練の授業だ。「詳しい内容は覚えていないのですが、期末の課題でラジオ劇があって、わりと上手にできたんです」。先生から高評価をもらい、幼少期にモノマネで褒められていたことを思い出した。

 小さい頃から音には敏感だった連さん。様々な声色を軽々と真似ることができただけでなく、日本語の発音さえもコピーできた。この業界に入るべくして生まれたみたいだと連さんは率直に語る。「耳で聞いたものを真似るのが得意なんです。独学で日本語検定の最高レベルN1に合格したのですが、会話は特に得意で、日本人と話しても、しばらくしてからやっと『日本人じゃないんですか』と気付かれるほどでした」

 大学の授業で自分の声の才能に改めて気付いた連さんは、すぐに日本の声優育成コースの資料を集め始めた。そして専門学校「日本工学院声優・演劇科」を第一志望に定めた。しかし、夢に向けて歩みだしてすぐに、第一の関門にぶち当たった。それは、厳格な母親にどうやって言い出すかということだった。連さんの大学での専攻は服飾デザインだった。「少しでも良心がある人なら誰でも、学費が高いと知ったら家族に言い出せないですよね」と連さんは笑う。「大学を卒業したばかりだったのでお金がなくて、ロトを買って全ては神に決めてもらおうと思っていました。当時は賞金金額が高くなるたびにロトを買っていました」

 神様は連さんに当選という幸運をもたらさなかったが、家族に言い出すきっかけを与えた。連さんはこう振り返る。「ある日、リビングにいると、母から『ロトを買うのは無駄遣いだ』と叱られたんです。なぜロトを買うのかと聞かれてやっと、日本の声優学校に行きたい思いをぽつりぽつりと明かすことができました。私の話を聞き終わると母から、声優とはどのような仕事なのか聞かれました。『配音員』(中国語でナレーター)のことだと説明すると、母はすぐに『じゃあ行きなさい』と言ってくれたんです」。厳格な母親からの「心残りはなくしてほしい」という言葉を思い出すと今でも感動を覚え、声優を続ける原動力になっているという。

▽ 声優の本質は「役者」 台日の異なる養成事情

 声優学校に入学すると、連さんはまず授業設計に驚いた。声に関することしか教えないというイメージとは異なり、教えられる多くの内容は「いかにして役者になるか」ということだった。演劇科では声やマイクの使い方といった技術に関する授業のほか、体を使った表現の授業も多くあった。「舞台やミュージカルに出演する人かのようで、歌やライブ配信の授業もありました」。声の出し方よりも、演劇における表現力がさらに重視され、必修クラスで最も大きな割合を占めていた。

 ナレーターは「マイクに向かって話をするだけでよく、シャイでも問題ない」というイメージは、演劇クラスの先生の話によって打ち砕かれた。「表情や体の動きにさらに声を合わせても他の人を納得させられないのであれば、どうやって声だけで人を感動させられるのですか」。日本語の「声優」という言葉のもとの意味は「声の俳優」だ。ナレーターという枠の中でも、その本質は役者なのだ。

 しかし、台湾では事情が違う。ナレーターになりたくても、一から十までを一貫して学べる場所は少ない。声と演劇のクラスはそれぞれ独立していて、ナレーターの道に進みたければ自分で資料を集めてそれぞれのクラスで基礎を学ぶしかない。

 専門学校の演劇クラスでは、場面を設定した訓練も多かった。「先生は生徒が対話の演技をした後、演じた人物の年齢や趣味、性格などを質問するのです。もし答えられないなら、何を演じているか分かっていないということなのです」

 台湾の詰め込み教育とは違い、日本で学んだ内容は応用が可能だと連さんは話す。

▽ 「すぐ本番」は強みでもあり、致命傷でもある

 台湾の声優の仕事の多くは、日本や欧米のアニメーションや韓国ドラマの吹き替えだ。コストの関係で、台湾の声優の仕事スケジュールは極度に圧迫されている。日本の声優は早めに役を知ることができ、十分に時間をかけて人物に魂を吹き込むことができる。しかし、台湾の場合はスケジュールに余裕がないため、吹き替えをするその場で台本をもらい、すぐに本番となることが往々にしてある。これは台湾の声優の強みであり、致命傷でもある。

 日本で役作りについて学び、台湾では「短い時間で仕事をする」という訓練を積んだ連さんは、オリジナルのキャラクターを演じる際、両方の強みを取り入れることで、スピーディーに役に入り込み、人物に個性を加え、生き生きとしたキャラクターを作り上げることができる。

 インターネットの発達で情報が手に入りやすくなった今、台湾の若いナレーターは自身の弱みに気付き、空き時間を利用して演劇のクラスに通って表現力を磨いているという。

連さん

連さん

▽ 台湾の声優の実力が日本に比べて低いわけではない

 「日本の声優学校に入ることができたのに、業界が成熟した日本で働く機会を捨てて台湾に戻ったことに後悔はないのですか」。この質問に連さんは首を横に振り、日本留学中に80代の教員から言われた言葉を明かした。「台湾に帰ったほうがいい。以前ナレーターになった私の友人たちはみんな苦労しているから」。この言葉で、日本の業界に対するふわふわとした期待の泡は完全に弾けた。日本の声優は声の仕事だけでなく、CDを出したり、バラエティー番組に出たりするチャンスもある。だがこれはピラミッドの頂点にいる一部でしかない。この産業を支えるその下のナレーターの多くは売れっ子の景色を見ることはできない。

 連さんは業界歴9年。台湾に戻った当初はナレーターの仕事が少なく、雑貨店でアルバイトをしながら空き時間に漫画翻訳の仕事もこなしていた。しばらくしてナレーターの仕事が増え、漫画翻訳での収入も十分になるとアルバイトを辞め、声の仕事に専念できるようになった。

連さん

連さん

 声優業界はベールに包まれており、一般人にとっては実情が見えにくい。台湾の声優は実力が低く、生活も苦しいと思われることもある。連さんは、自身が台湾のブラウザゲーム「感染×少女」(末日少女)で同一人物の日本語、中国語の吹き替えを担当した際のインターネット上の評価を例に挙げた。同じ感情と同じ声色で表現したにもかかわらず、「日本語の吹き替えはすごく上手。中国語はひどい」という評価ばかりだったという。連さんは、台湾人の多くは日本語に美しいフィルターをかけていて、日本のアニメの原音を先に聞いていた場合は先入観にとらわれやすいと分析する。「もし日本の声優が中国語を話せるとしたら、吹き替えたものはみなさんが聞いているような中国語吹き替えにきっとなりますから」。

 一般の人が興味を抱くその収入について連さんは、「もし安定して仕事を受けられれば、普通のサラリーマンよりは多く稼げます」と恥ずかしそうに笑う。

 可愛らしい声と外見、華奢な体型の連さんには日本留学中、芸能事務所からの誘いもあったという。だが、連さんは先生のあの言葉で、台湾に戻ることを決めた。台日での声優の経験を多くの人に伝えたいという思いがその決意の背景にある。新人のハードルを超えた連さんだが、「まだ道のりは長い」と謙遜する。日本と台湾の業界での経歴と経験を多くの人に紹介することで、台湾のナレーターも実はレベルが高いということを台湾の人々に知ってもらい、もう少しの評価と寛容さを与えてほしいと切実な思いを口にした。

(王心妤/編集:名切千絵)