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文化+/スペインから故郷・屏東へ カフェのオーナー、「美」の種まきに尽力<文化+>

2020/09/02 07:01
屏東・潮州のカフェ「三平コーヒー」のオーナー、Kikoこと楊文正さん
屏東・潮州のカフェ「三平コーヒー」のオーナー、Kikoこと楊文正さん

本記事は中央社の隔週特集「文化+」の記事【屏東潮州】揮別數學與西班牙 楊文正返鄉播下美學種子を翻訳編集したものです。

 「人生の無駄遣いは素晴らしい事や物についてするものだ」(注1)。この言葉は南部・屏東県潮州のカフェ「三平コーヒー」のオーナー、Kikoこと楊文正さんにとっては単なるCMのキャッチコピーではなく、生活の中で実践している概念だ。

 注1:統一企業の缶コーヒー「曼仕徳」のTVコマーシャルに使われたキャッチコピー。

 潮州と聞いてすぐに頭に浮かぶのは「焼冷冰」。焼冷冰とは潮州のローカルなスイーツで、かき氷の上に温かい団子と各種のトッピングを加え、それから黒糖シロップをかけた食べ物。屏東最南端の観光地、墾丁に向かう他県市の観光客が潮州に立ち寄る目的の一つとなっている。しかしながら楊さんと知り合ってから、潮州に対してそれまで抱いていた印象が一変した。

 「三平コーヒー」は台湾鉄路管理局(台鉄)潮州駅から約2キロの場所に位置する。田んぼと養殖池に囲まれ、蔵造り風の外観が異彩を放つ。このレストランは市街地から離れた場所にあるにもかかわらず、この5年は潮州で一番人気の観光地になっている。食事どきに満席になるのは日常茶飯事で、予約は必須だ。

三平コーヒー
三平コーヒー

 木造の入口をくぐって中に入ると、木のぬくもりがあふれる。畳が敷かれたスペースや日本風の中庭は、来店客を日本に来たような気分にさせる。窓のステンドグラスや食器、イラスト、人形など、見えるもの、使う食器は全て、楊さんと日本人の妻、上野寿江さんが手掛けた。 

 楊さんがこれほどまでに店作りにこだわったのは、異郷で暮らす妻に、家に帰ってきたような気持ちを感じてほしかったのに加えて、自身の「夢」とも関係がある。それは「潮州に美術館を作りたい」という願いだ。 

 しかし、美術館の建設は簡単なことではない。そこでまずは「美しい生活」の普及から取り掛かることにした。

店内に入ると、まるで日本にいるかのような気分になる(梁偉楽撮影、台湾好基金会提供)
店内に入ると、まるで日本にいるかのような気分になる(梁偉楽撮影、台湾好基金会提供)

 楊さんは潮州生まれ、潮州育ち。下駄を履くのが好きで、歩くと「キコ、キコ」という音がすることから、「Kiko」の愛称で呼ばれている。 

 Kikoさんは複数の肩書を持つ。三平コーヒーのオーナーのほかに、絵本作家、陶芸家、そして以前は中学の数学教師でもあった。「次は主任になって、それから校長になってという未来が予想できた。でもそんなふうになりたくなかった」とKikoさん。レールに乗った人生に満足しないKikoさんは教師の仕事をすっぱりと辞め、1995年、20代のころにスペインに留学した。 

 スペイン滞在中、Kikoさんは徹底的に現地の生活に馴染んだ。そして「たとえお金がなくても、一番良いもので友人をもてなす」というスペイン人の文化に触れ、「人生は今を生きるべき」という考えを学んだ。解決できないことで悩む必要はない、「自分が楽しめることをすればいい」と。 

 スペインには10数年滞在した。その期間、欧州の人々は美的感覚を持っていて、理系出身の人でもインテリアにこだわりがあることを知った。「その一番の理由は、彼らの生活のいたるところに美があるから」だと分かった。 

 Kikoさんは2014年、妻の寿江さんと故郷の潮州に戻ってきた。目の前に広がる故郷の風景は野暮ったい家だらけで、緑が少なく、記憶にあった台湾らしさあふれる古民家は失われかけていた。台湾の田舎には1960、70年代のマジョリカタイル建築が多く残っているのに、多くの人にとってはそれが当たり前の風景になってしまい、周囲の美に目を向けなくなっていると気が付いた。「台湾は生活の質は高いのに、美的レベルは低い。美しさがなくても死なないとみんな思っているけれど、『美』がなければ文化の積み上げがない」とKikoさん。

  そこで三平コーヒーを立ち上げ、自身の美学を広める基地とした。まずは自分からと、カフェの周囲に木や花を植えた。「花を植えると自然とチョウチョが寄ってくる。そして美しい物、事が好きな人も引き寄せる」。狙い通り、三平コーヒーがあるのは繁華街ではないにもかかわらず、毎日のように満席となる盛況ぶりとなっている。「メディアが広く普及しているこの時代、どこに出店するかは考えなくていい。玉山(注2)の山頂に開いたって、店自体が魅力的であれば行く人はいる」

 注2:台湾最高峰。標高3952メートル。

  しかし、何もせずに客が来るほど甘くはない。どんなに素晴らしくても宣伝は不可欠だ。Kikoさんは5年余り前から自費で「三平新聞」の発行を始めた。月1回の発行で、編集から執筆、レイアウト、印刷までを一人で全て手掛ける。配布場所は店の玄関だ。A4サイズの紙にサインペンで絵を書き、潮州の生活を伝えている。潮州の歴史を紹介することもあれば、自分の絵本を紹介することもある。すでに67期まで発行した。毎月脳みそを絞って制作している。「最初は100期まで出したらやめようと思っていたけれど、妻がダメだと。死ぬまで描き続けなさいと言われた」と苦笑いする。

Kikoさんが発行する「三平新聞」
Kikoさんが発行する「三平新聞」

 Kikoさんの絵や陶芸品には、もじゃもじゃ頭の女の子「小春」がよく登場する。自身の祖母からインスピレーションを得たという。Kikoさんによれば、幼少期、祖母は面白い話をたくさん聞かせてくれていた。だが情報が発達していなかった時代、祖母の生活は農業以外、本を読む機会などはなかった。Kikoさんは大人になって初めて、祖母から聞いた面白い話は全て想像上のもので、祖母の創作力を養ったのは、祖母が寝ていた畳だったと気が付いた。「あの畳こそが祖母の世界だったのです」

Kikoさんが描くキャラクター「小春」(梁偉楽撮影、台湾好基金会提供)
Kikoさんが描くキャラクター「小春」(梁偉楽撮影、台湾好基金会提供)

 Kikoさんは祖母を「小春」に変え、自分は幸せな時代に生まれたのだと自分に言い聞かせた。海外に出て世界を見ることができたのなら、創作活動によって自分を表現すべきだと考えた。三平コーヒーの真正面に建てたアトリエには、Kikoさんの陶芸作品や芸術作品が収められている。普段は公開していない。「陶芸作りは生活のため、売るためじゃない」とKikoさん。Kikoさんのためだけのこの場所で夢を育んでいる。 

 「潮州は私の故郷。私にはよりよくする使命がある」。故郷に戻ってからのこの数年、Kikoさんは美術館を運営するように三平コーヒーを運営し、少しずつ生活美学を作り上げてきた。「潮州を訪れたすべての人に「美」の種を持ち帰ってもらい、異なる場所で芽を出させてほしい」。これがKikoさんの願いだ。

  この数年、Kikoさんは美の触角を外に伸ばし、地方で絵画展を開いたり、絵本を出版したり、機関と共同で芸術イベントを開催したりしている。地元では、潮州高校と協力して屏東県内の美術教師を対象にしたワークショップを開き、指導案の策定においてより多くのアイデアが生まれるよう、欧州滞在時に得た見識や美的観点を紹介している。また、屏東特殊教育学校(特別支援学校)で美を鑑賞する能力を養う授業を開いたこともある。

  50を過ぎたKikoさんは、時間と追いかけっこをしていると話す。特に、美と文化の普及は自分ひとりで成し遂げられるものではない。「今やっていることは全て、過去の素晴らしいものを保存するためのもの。多くの若者に故郷に残り、潮州の特色を作り上げてもらいたい」

  「三平コーヒーはまだ現在進行形」だとKikoさん。カフェ、軽食から始まり、最終目標は小型の美術館とすることだ。「もしこの方向に邁進しなかったら、浮き草のようになってしまい、根を張ることができない」。より多くの潮州人が緑の下で町を歩き、美しい生き方をする姿が見られるようになればと願いを寄せた。

(鄭景雯/編集:名切千絵)

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