日本時代の旅館を活用、博物館に クリエーティブ産業の拠点化目指す/台湾

2020/08/10 06:54 文字サイズ: 字級縮小 字級放大

(台北中央社)台北市北部の温泉地、北投。この地は日本統治時代に開発された温泉街で、今でも当時の建築物が点在する。当時の建物を生かした博物館といえば、公衆浴場を再利用した「北投温泉博物館」が有名だが、MRT新北投駅から車で5分ほど進んだ高台には、日本時代の高級温泉旅館を活用した私設博物館「北投文物館」がある。同館は建物を展示場や多目的スペースとして活用し、屋内では台湾原住民(先住民)や台湾の文物を陳列。台湾の工芸家の作品の販売も行うなどし、「クリエーティブ産業のプラットフォーム」となることを目指している。

記者は7月末、同館の李莎莉館長に建物の歴史や運営方針などについて話を聞いた。

(上空から撮影した「北投文物館」=中央社撮影)

▽ 建物の移り変わり 時代ごとに変わる用途

同館は台北市の市定古跡に登録されており、台湾で現存する日本時代建築の純木造建築として最大規模を誇る。台湾に残る日本家屋の中では珍しい2階建ての建築物だ。文化部(文化省)の文化資産データベースによれば、1920年代に建設開始され(※文物館の公式サイトには「1921年」と記載)、日本統治時代は日本軍の将校クラブとして使われた。戦後は外交部(外務省)に接収され、佳山招待所となった。

李館長によれば、1966年に地主が購入し、映画の撮影所としても貸し出された。台湾語映画の黄金時代だった1960~70年代、北投は「台湾のハリウッド」と呼ばれ、多くの作品が生み出された。俳優のジャッキー・チェン(成龍)さんやリー・シン(李行)監督など、当時の多くの映画関係者がこの建物を訪れ、撮影を行った。ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の70歳のお祝いもここで行われたという。

博物館となったのは1984年のこと。企業家の張純明さんがこの地を訪れた際に建物の美しさに目を奪われ、購入したいとの話を所有者に持ちかけた。売却は断わられたが、賃貸で同館を使うことを許可され、博物館としての運営にこぎ着けた。後に、所有権の半分を獲得したが、残る半分は地主が持っているため、現在でも賃料を払い続けているのだという。

1986年当時の北投文物館。開館当初は「台湾民芸文物之家」という名称だったが、1987年に「北投文物館」に改称したという(北投文物館提供)

1986年当時の北投文物館。開館当初は「台湾民芸文物之家」という名称だったが、1987年に「北投文物館」に改称したという(北投文物館提供)

1998年に市定古跡に登録され、2002年から建物の修復に着手。2008年にリニューアルオープンした。

修復の際には、当時と同様、釘を使わない「木組み」の伝統技術を採用。李館長によれば、阿里山産のヒノキなど、現在では手に入らない材料が多く、素材探しが最も大変だったという。

修復中の様子(北投文物館提供)

修復中の様子(北投文物館提供)

修復の痕跡。写真左の扉の曲線状の部分は一部色が異なる。この部分が修復痕なのだという。右は浴場の壁。この壁は「北投焼」で作られている。かつては北投も陶器の街として知られていた。修復の際には当時と同じ土が手に入らなかったといい、上部と下部で色がやや異なる。

修復の痕跡。写真左の扉の曲線状の部分は一部色が異なる。この部分が修復痕なのだという。右は浴場の壁。この壁は「北投焼」で作られている。かつては北投も陶器の街として知られていた。修復の際には当時と同じ土が手に入らなかったといい、上部と下部で色がやや異なる。

▽まるで日本にいるような気分を味わえる館内

館内では、まるで日本にいるような気分が味わえる。温泉旅館としての風情を残しているのは、大浴場だ。大浴場は現在では一つしか残っていないが、李館長によれば、建設当時は4つあり、外交部に接収された際に撤去されたのだという。1階には12畳の広い和室、2階には、大広間と茶室がある。

1階の大浴場。現在は、館内紹介の映像を流す場所として使われている。

1階の大浴場。現在は、館内紹介の映像を流す場所として使われている。

左=中庭、右=2階の茶室

左=中庭、右=2階の茶室

1階和室

1階和室

1階廊下

1階廊下

▽ 器は日本家屋、展示するのは昔の台湾や先住民の文物

建物は日本家屋だが、中で展示されているのは漢民族や先住民の文物だ。同館には昔の台湾の民芸用品4000点、先住民の文物1000点の計5000点を収蔵。保存のため、展示されているのはごく一部だ。先住民の文物で陳列しているのは約50点となっている。

台湾原住民の文物

台湾原住民の文物

民芸用品は清朝末期から1940年代までの刺しゅうや生活用品、民間信仰に関するものが中心。1890年代のアイロンや、1940年代の箸入れなど、台湾のかつての生活の様子を感じられる文物が並べられている。廊下には、台湾の伝統人形劇、布袋戯(ポテヒ)の人形がずらりと飾ってあった。

展示物

展示物

台湾の文物。左から箸入れ(1940年代)、アイロン(1890年代、メガネケース、メガネ

台湾の文物。左から箸入れ(1940年代)、アイロン(1890年代、メガネケース、メガネ

廊下に飾られるポテヒ人形

廊下に飾られるポテヒ人形

▽ イベントスペースやレストランも 教育とレジャーを融合

館内の一部はレストランとして使われ、創作懐石料理を提供している。また2階の大広間は多目的スペースとして外部への貸し出しも行われており、会議や新商品発表会、結婚披露宴、宴会などの目的で使われている。最近では、日本の化粧品ブランドの発表会が開催されたという。

季節の創作懐石料理(北投文物館、怡然居餐廳提供)

季節の創作懐石料理(北投文物館、怡然居餐廳提供)

館内レストラン(北投文物館提供)

館内レストラン(北投文物館提供)

イベントスペースとして使われる2階大広間

イベントスペースとして使われる2階大広間

日本の風情を感じられる場所ということもあり、茶道教室や和服ファッションショーなども開催されている。茶道教室は毎週土曜に開催。以前は日本人の先生を招いていたが、高齢のために引退し、現在は台湾人の弟子が指導している。和服ショーは近年、旧正月ごろに毎年1回開催。今年は新型コロナウイルスの影響で開かれなかったという。

2019年の茶道体験(北投文物館提供)

2019年の茶道体験(北投文物館提供)

2019年2月に開かれた和服ファッションショー(北投文物館提供)

2019年2月に開かれた和服ファッションショー(北投文物館提供)

李館長は、文物館は6つの機能を有していると説明する。6つとは、(1)研究(2)収蔵(3)展示(4)教育普及(5)レジャー(5)娯楽(6)産業―。

リニューアル前は、純粋な博物館としての機能しか有していなかったが、リニューアルを機に複合式の運営に方向転換した。ギフトショップでは、その時開催している展覧会に関連する工芸品などを販売しており、「展示と商品の融合」(李館長)を目指している。

館内ギフトショップ

館内ギフトショップ

また、より多くの人に博物館を楽しんでもらえるように、館内を一部バリアフリー化し、エレベーターも増設した。私設博物館ならではの柔軟性で、サービス面にも力を入れる。

敷居に設置されたスロープ

敷居に設置されたスロープ

▽ 維持における苦労 赤字続きの運営

同館は古跡に指定されているため、運営においてはさまざまな制限もある。建物の維持にも多額な費用が必要だ。年間約5万人が来場するものの、開館から36年で黒字になったことは一度もないと李館長は明かす。

それでも運営を続けているのは、創設者の張氏の「この建築物を残したい」「台湾の文化をより多くの人に知ってほしい」という思いがあるからだという。

▽ 知名度向上へ 不足する行政支援

李館長は、古跡維持に対する行政の支援の不足を指摘する。同館は古跡に指定されているものの、行政からの補助金はその都度申請をせねば受け取れない。さらに、同館は私設であるため、市が地域の博物館をPRする場合にも除外されることが多いという。李館長は「行政の仕事はPRをすること。でもあまりしてくれない」と不満をもらす。宣伝不足から、似た名前の公営博物館「北投温泉博物館」と混同されることも多い。

そこで、より多くの人に「北投文物館」の存在を知ってもらおうと、同館は北投エリアの博物館を網羅したパンフレットを作成。制作にかかる費用は同館が負担し、各館には必要冊数分の印刷費のみを支払ってもらう形にした。また、駅からやや離れたところにあり、交通の便はいいとは言えないため、近隣のホテル「スプリングシティーリゾート」(北投春天酒店)と提携し、同ホテルがMRT新北投駅・北投駅との往復で運行するシャトルバスに文物館の来館者も無料で乗車できるようにした。

北投文物館の李莎莉館長。李館長は先住民パイワン族の服飾文化を専門に研究してきた学者。日本建築にも造詣が深く、建物の隅々まで詳しく説明してくれた。

北投文物館の李莎莉館長。李館長は先住民パイワン族の服飾文化を専門に研究してきた学者。日本建築にも造詣が深く、建物の隅々まで詳しく説明してくれた。

▽ 今後の展望

8月13日には、新たな展覧会の開幕が予定されている。AR(拡張現実)技術を取り入れた展示も行うという。

北投文物館はその景観の美しさから、撮影スポットとしても使われる。記者が取材に伺った当日も、映像撮影が行われていた。台湾にいながらにして日本文化を感じさせてくれる北投文物館は、日本と台湾をつなぐ場所でもある。一方で、維持は容易ではなく、運営側には「費用」という現実的な問題ものしかかる。日本時代の建物が台湾にきれいな状態で残され、活用されていることの貴重さ、ありがたさを改めて感じた。(名切千絵)

北投文物館。取材日には外で撮影が行われており、15人ほどのスタッフが作業をしていた。

北投文物館。取材日には外で撮影が行われており、15人ほどのスタッフが作業をしていた。

敷地内にある離れ。ここは現在整理中とのことで、中を見ることはできなかった。

敷地内にある離れ。ここは現在整理中とのことで、中を見ることはできなかった。



<施設情報>

北投文物館

住所:台北市北投区幽雅路32号

入場料:一般120台湾元

中国語・英語・日本語の音声ガイドあり。事前に連絡すれば、日本語の専属ガイドの手配も可能だという。