台湾水道の父 英国人技師の胸像復元 玄孫が三味線の音色で思いはせる

【社会】 2021/03/31 16:32 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
ケビン・メッツさん(左)と謝長廷駐日代表

ケビン・メッツさん(左)と謝長廷駐日代表

(東京中央社)日本統治下の台湾で水道建設に尽力した英国人衛生工学技師、ウィリアム・K・バルトンの胸像が再建され、台北市の台北ウオーターパーク(自来水園区)で30日、除幕式が開かれた。式典にはバルトンの玄孫に当たる津軽三味線奏者のケビン・メッツさんも東京からリモートで参加し、三味線の音色で祖先に思いをはせた。

バルトンは1887年、帝国大学工科大学のお雇い外国人教師として来日。衛生工学を専門とし、上下水道の調査、設計に従事した。1896年、台湾総督府の招聘によって台湾に渡り、水道建設の調査を行った。1899 年に死去した後は、教え子の日本人技師、浜野弥四郎が台湾の水道建設を引き継ぎ、水道の近代化を成し遂げた。日本政府は1919年3月30日、バルトンの功績をたたえて台北水道水源地(現・自来水園区)に胸像を設置したが、胸像は第2次世界大戦中に行方不明になっていた。

胸像の復元は非営利団体(NPO)日本下水文化研究会創設者の稲場紀久雄・大阪経済大名誉教授や日本下水道協会、台北自来水事業処の協力で行われた。

台北市政府が主催した式典には、水道専門家の李鴻源氏や日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会の泉裕泰台北事務所代表(大使に相当)や英国在台弁事処のジョン・デニス代表(同)らが出席。東京からはメッツさんのほか、台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(同)、東京都水道局の代表者などがリモートで参加した。

謝氏は多くの台湾人がバルトンを知らないのは残念だとし、胸像の再建によってこの残念さが埋め合わされたと話した。

(楊明珠/編集:名切千絵)