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伝統から生み出す創意 台湾「文創」の原動力とは 小路輔さんインタビュー

2020/11/25 05:49
小路輔さん。日台双方で文化交流イベントを手掛けており、上野公園での「TAIWAN PLUS」は昨年、8万人を動員した。冨樫美和さん撮影。
小路輔さん。日台双方で文化交流イベントを手掛けており、上野公園での「TAIWAN PLUS」は昨年、8万人を動員した。冨樫美和さん撮影。

台湾カルチャーの重要な要素となっている「文創」。この文創をけん引するキーパーソン51組へのインタビューをまとめた書籍「TAIWAN EYES GUIDE FOR 台湾文創」が10月末、日本で刊行された。監修は、日台双方で文化交流イベントを手掛けてきた小路輔さんだ。

記者は10月下旬、小路さんにオンラインで、台湾の文創の魅力について聞いた。小路さんの話から見えてきたのは、台湾の文創を動かしているのは「人」だということだ▽台湾の文創を形作る「人」

文創は「文化創意」の略で、台湾ならではの伝統や文化を取り入れた創作を奨励し、産業として発展させることを目指す政府の政策から始まった。これを探る上で、同書がスポットを当てたのは人物だ。日本で同様の本を作ろうとした場合、目次にはおそらく企業名が並ぶと話す小路さん。これに対し台湾では、人で成り立つと強調する。

伝統行事と現代との融合が図られた北部・桃園の祭典「大溪大禧」。キュレーションは「衍序規画設計」が手掛けた。イベント公式フェイスブックページより。
伝統行事と現代との融合が図られた北部・桃園の祭典「大溪大禧」。キュレーションは「衍序規画設計」が手掛けた。イベント公式フェイスブックページより。
同書で紹介されている中部・彰化の「好食光/Keya Jam」の創業者、柯亜さん。台湾の果物で手作りしたジャムを世界に広げることを目指しており、昨年の「Taiwan Plus」に出展した。
同書で紹介されている中部・彰化の「好食光/Keya Jam」の創業者、柯亜さん。台湾の果物で手作りしたジャムを世界に広げることを目指しており、昨年の「Taiwan Plus」に出展した。
伝統的な祭りを現代的な手法で再構築した設計会社の総監督、台湾の果物で手作りしたジャムを世界に広げたいと願うシェフ、漢方を現代の女性にも受け入れられるようブランディングした日本人と台湾人の女性2人組――同書にはさまざまな分野で活躍する人物が登場し、それぞれの仕事の姿勢や文創に対する考え方まで掘り下げている。

小路さんは、台湾の文創業界では彼ら一人一人の力が強く、それぞれが発信する考えが社会に伝わっているのだと考える。

▽文創を多様にする一人一人の「守備範囲の広さ」

また、小路さんが指摘したのはこれらキーパーソン一人一人の「守備範囲」の広さだ。彼らの肩書きや手掛けるブランドを一言で説明しようとすると、悩まされることが多い。

同書で紹介されている例で言えば、文創界隈の業界人が多く集まる台北のダイニングバー「猫下去敦化倶楽部」を創業した陳陸寛さん。店ではキッチンやホールに立つが、実はデザイン雑誌「ppaper」でライターや編集の仕事をしていたことがあり、今年、この経験を生かして、女性向けの雑誌を刊行した。

他にも、デザインの観点から企業やメーカーにブランディングの提案をする「好氏研究室」の陳易鶴さんは、「1つの業種とのコラボレーションは1度きり」とのポリシーを掲げる。これまで京都の民宿や台北の和牛専門店から仕事を引き受けたほか、展覧会を企画したり、漢方ブランドを立ち上げたりと幅広く活動している。

小路さんによれば、何かで成功しても同じジャンルで展開せずに、新しいことに挑戦していく人が多い。台湾の文創関連の店には「2号店がない」といい、「日本人から見るとすごい、面白い。興味深い」。

台湾の文創は一見、定義が難しく、つかみどころがないものと思われがちだが、それは携わっている一人一人の「守備範囲が広い」ためで、多様性の表れとも言えるのだ。

▽地方でも発展 地元や伝統を大事にする思い

地方発祥の文創も目立ち、台湾の文創をより多彩なものにしている。小路さんは、国際都市である台北は東京やニューヨークなどと性質としては近いところがあると指摘し、台北のような都会よりも、地方のほうが台湾カルチャーの本質が顕著に表現されているかもしれないと話す。

同書では1947年から続く中部・雲林の醤油工場を3代目として引き継いだ兄弟が取り上げられている。「伝統を土台にイノベーションをもたらしたい」と考えた2人。コメの食感が味わえる「米粒醤油」は50年代の醸造技法を再現しつつ、近年は食品ロスをなくすことが重視されていることから、コメをろ過せずに残したことで生まれた。

都会から故郷にUターンした青年もいる。南部・高雄で祖母が営んでいたブライダルショップを改装し、民宿を中心とした複合空間を立ち上げた邱承漢さん。地元を紹介する雑誌の発行やガイドツアーの企画・実施から、実際に地域に介入し活性化を図るプロジェクトにも精力的に取り組む。

彼らの仕事からは、地元の伝統や特色を大切にしたいという思いも伝わってくる。小路さんは、台湾の人々は歴史や伝統を非常に重んじるとし、その差が日本とは「レベルが違う」と力を込める。これを「温故知新を地でやっている」と表現する小路さん。文創ブランドを構成する一つ一つの要素には、台湾の伝統や文化が深く落とし込まれているのだ。

▽伝統を基に進化 日本と異なる台湾のリブランディング

伝統的な産業のリブランディングやリデザインは日本でも行われているが、台湾ではより深いアプローチがとられているという。小路さんは、前作「TAIWAN FACE」で取り上げられた靴下ブランド「テンモア」を例に挙げる。かつて靴下の生産地として栄えたものの、衰退していた中部・彰化県の工場が、若きデザイナーたちと協力することでV字回復を遂げた。

エピソード自体は「表面だけ見ると、日本と全く同じ」と小路さん。ただ、作った製品を今まで通りの売り方をする日本に対し、テンモアは違った手法をとる。

鮮やかな色使いと異素材を組み合わせたデザインが目を引くテンモアの靴下。台湾の自然を主なテーマとしており、昨年夏シーズンには台湾を囲む太平洋をイメージしたシリーズを発表。これに合わせて北部海岸で「海の家」を舞台にしたイベントを1カ月余り開催した。期間限定店を開店し、1泊2日のツアーも企画。台湾の海を満喫してもらうことで、ブランドの世界観を伝えるのが狙いだ。消費者の手元には購入した靴下と共に、海で過ごしたひと夏の思い出が残る。

「海の家」を舞台に行われた夏限定のイベント。1泊2日のツアーでは夜、星空の下で映画を鑑賞したり、朝日が昇る海で水上スポーツ「SUP」を楽しんだりして海を満喫する。テンモアのフェイスブックページより。
「海の家」を舞台に行われた夏限定のイベント。1泊2日のツアーでは夜、星空の下で映画を鑑賞したり、朝日が昇る海で水上スポーツ「SUP」を楽しんだりして海を満喫する。テンモアのフェイスブックページより。
テンモアは台湾各地に販売拠点を持つほか、日本進出も果たしている。テンモアの手法について「日本人は多分やらないし、やれないし、考えられない」と小路さんは感嘆する。

このような人々を生み出し、実践に導く土壌が台湾にはあるのだろうか。小路さんは日本では大学を卒業して就職し、一つの企業で勤め上げるというような考え方が基本となっているが、台湾はそうではないということが理由の一つだと考える。台湾の若者は大学を卒業してもすぐに就職せずに、留学やワーキングホリデーで海外に出たり、転職を繰り返したりと、自由に好きなことをする傾向があることに触れ、台湾の複雑なカルチャーがこのような人材を生む要因の一つになっていると分析する。

▽多様性に寛容な台湾と「平均点が高い」日本

台湾では近年、政府や公的機関の案件に著名なデザイナーが起用される場面が増えており、彼らの型にはまらない尖ったデザインが台湾カルチャーを彩っている。小路さんは、双十節のメインビジュアルが過去10年間で大きく変わってきたと指摘。近年はスタイリッシュで洗練されたものになっており、2017年(民国106年)には昔ながらの網バッグから着想を得たデザインが採用された。手掛けたのは台湾を代表するデザイナー、聶永真(アーロン・ニエ)さんだ。

2012(民国101)年~2019(民国108)年の双十節のメインビジュアル
2012(民国101)年~2019(民国108)年の双十節のメインビジュアル
2020年の双十節のメインビジュアル(左)と双十節限定のマスク
2020年の双十節のメインビジュアル(左)と双十節限定のマスク
これは日本では実現できないことだと小路さんは話す。日本では、政府や公的機関のPRに採用されるデザインは広く受け入れやすいものに落ち着く傾向があるからだという。平均点の高さが重視されがちな日本に対し、「最高得点のデザイナー」が手掛ける台湾。多様性に寛容な台湾は日本より独創的なアイデアが通りやすい環境だと小路さんは指摘する。

ただ、台湾の社会全体でデザインが重視されているかというとそうではない。むしろ、均質的で整っているという面では日本の方が優れており、それを好む台湾人も少なくない。これについて、台湾と日本の間にこのような差が存在しているからこそ、面白いのだと小路さんは言う。

▽台日間の「ギャップ」埋まらなくても理解を

「日本人が好きな台湾と台湾人が好きな台湾って違うんですよ。台湾人が好きな日本と、日本人が好きな日本、日本人が向かっていく日本も違うんです」。確かに、台湾人が挙げる日本の観光スポットの中には、日本人にとって意外に感じられる場所が多い。一方、日本人は台湾のレトロさに魅力を感じるが、実際には国際化が進んでいたり、先進的な部分があったりする。雑誌「BRUTUS」の台湾特集の表紙に地方の伝統市場の写真が使われ、台湾で物議を醸したことは記憶に新しい。

「僕らの欲しい台湾は、もう台湾にはなかったりする」。小路さんは「良い悪いは分からない。だけど、ずれていってるなって思う」と台日間でのギャップの存在を指摘し、その差を見極める、理解することが必要だと話す。台日間で交流やビジネスをする上では大事なことだという。「違うことを理解しないと埋めることもできない。あえて埋めないこともできない」。

小路さんはこうも語る。「日本人には多様性ってよく分からない。でも、台湾にはこんなに多様性があるんだって。僕らの目線からは1つのものしか見られないんだけど、台湾を見ると、いろんなものに多様性があるんだなって分かると思う」

台湾を取り巻く環境は複雑だ。しかし、その複雑さが多様な人材を育む土壌にもなっている。そして台湾の文創には、携わっている一人一人の台湾という土地への思いや、伝統を重んじる心が具現化されているのだ。これこそが台湾カルチャーの魅力とも言える。コロナで行き来できない状態が続いているが、互いへの理解を深めるための努力は続けられるはずだ。

(楊千慧)

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