古い街並みや田畑にアート 客家文化を五感で体験 新竹・北埔

2019/11/05 03:40 文字サイズ: 字級縮小 字級放大

山々を背にのどかな田園風景が広がっている。ニワトリたちは競うように声を上げ、風が吹けば緑の稲がさわさわと揺れる。北部・新竹県北埔郷は10月19日に開幕した「客家ロマンチック街道芸術フェスティバル(浪漫台3線芸術季)」の舞台の一つだ。中心部にある古い街並み「老街」やそれを囲むようにして広がる田畑のあちこちにアートが設置されている。

周囲に溶け込むように配置されたアートの数々は見るだけでなく、実際に触れたり、匂いを嗅いだり、響いてくる音に耳を澄ませたりと、五感で楽しめるものも複数ある。作品には客家や地元の要素が取り入れられており、芸術鑑賞を通じて文化を体験できる。

記者はフェスが開幕する前の10月17日、客家委員会の招きで新竹・北埔を訪れた。写真は山冶計画提供。

記者はフェスが開幕する前の10月17日、客家委員会の招きで新竹・北埔を訪れた。写真は山冶計画提供。



客家文化の魅力を芸術で

北埔には客家の人々が多く居住している。芸術フェスでは、その地にちなんだアートで客家文化の魅力を発信している。

政府は客家の人々が集中している省道台3線の桃園-台中間を「客家ロマンチック街道(浪漫台三線)」と名付け、環境整備や産業発展を通じて客家文化の振興を目指すプロジェクトに力を注いでいる。今回は客家ロマンチック街道の桃園市、新竹県、苗栗県、台中市に加え、台北市の5県市にまたがる地域でアートイベントを開催。12月半ばまで続く。

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街の「匂い」をアートで表現 茶葉に線香、市場も

田んぼの中に、どんぐりのような形の小屋がぽつんと佇んでいる。「現代人は写真を撮ることで経験を視覚的に記録することができるが、嗅覚に関する記憶はどうだろう」という発想から生まれた作品で、作者の林宛エイさんらは街に溢れる匂いや香りをさまざまな形で表現し、小屋の中に閉じ込めた。作品名はずばり、「北埔嗅吸之間(仮訳:北埔の匂いを嗅ぐ間)」だ。(エイ=螢の虫を糸に)

小屋は伝統的な穀倉を模したもので、地元の竹職人から教わりながら作った。林宛エイさん(中央)提供。

小屋は伝統的な穀倉を模したもので、地元の竹職人から教わりながら作った。林宛エイさん(中央)提供。

小屋の中に置かれたテーブルには、ビンや草花が並べられている。ビンには林さんが調合した液体が入っており、そのまま嗅いだり、体や空気中に吹きかけることができる。漬物や干し大根など客家の人が好んで食べる食材から再現されたのは、市場の匂いだ。鼻を近づけると、匂いとともに活気に溢れた市場の情景が頭に浮かんでくる。

地元の人が畑仕事のときに嗅ぐ匂いを田畑の草花で表現したものや、地元の茶葉から抽出して作ったものもある。廟でともされる線香は球状に巻かれて天井から吊るされており、ほのかな香りを周囲に漂わせていた。

極め付きは、台湾で広く親しまれている調味料「油葱酥」入りのキャンドル。油葱酥はタマネギのスライスを揚げたもので、屋台グルメや家庭料理によく登場する庶民の味だ。林さんがライターでキャンドルに火をつけると、香ばしい匂いが小屋全体を包み込んだ。

小屋の中にはビンなどが並べられており、訪れた人は匂いをそのまま嗅いだり、液体を体や空気中に吹きかけることができる。(左)林さんがキャンドルに火をつけると、香ばしい匂いが小屋全体に広がった。

小屋の中にはビンなどが並べられており、訪れた人は匂いをそのまま嗅いだり、液体を体や空気中に吹きかけることができる。(左)林さんがキャンドルに火をつけると、香ばしい匂いが小屋全体に広がった。



農村に溢れる音を体全体で受け止める

北埔老街(古い街並み)に残されている日本統治時代の洋館、姜阿新洋楼の1階には蔡宛センさんとフランス出身の夫ヤニックさんの作品「北方的埔地」が展示されている。正面のドアを開けると、広間いっぱいに置かれた円形の大きな敷物が目に入った。スピーカーからは、何か心地良さを感じさせる声が聞こえてくる。(セン=王へんに旋)

これらは、蔡さんとヤニックさんが集めた地元の音だ。客家の人々の山歌や茶摘みの際の掛け声、伝統行事の音などを録音した。室内にある展示会場とこれらの音が生まれた農村をつなぐ媒介として、客家の人々が屋根の材料に使うカヤを伝統的な方法で編んだ敷物を置いたという。蔡さんに促されて敷物の中央に座り、客家語の響きを体全体で感じてみた。意味はよく分からないが、交わされる会話の端々から素朴に生きる人々の姿が想像でき、深呼吸すると、カヤから発せられる香りが胸いっぱいに広がった。

作品の中央で正座する蔡宛センさん。室内には柔らかい声や音が響いている。

作品の中央で正座する蔡宛センさん。室内には柔らかい声や音が響いている。

日本統治時代の洋館、姜阿新洋楼

日本統治時代の洋館、姜阿新洋楼



街や田園風景と一体化したアートの数々

北埔老街にはこのほかにも、スペインの彫刻家、アイザック・コダールさんが手掛けた小人の彫刻があちこちに配置されていたり、著名な台湾の写真家、阮義忠さんの作品が廟の裏にひっそりと展示されていたりもする。アートを探しながら散策するのも楽しい。

アイザック・コダールさん作「忘れられた場所のゲスト(仮訳)」(左)と廟の裏に展示されている阮義忠さんの「北埔」。いずれも山冶計画提供。

アイザック・コダールさん作「忘れられた場所のゲスト(仮訳)」(左)と廟の裏に展示されている阮義忠さんの「北埔」。いずれも山冶計画提供。

新竹出身のアーティスト、劉致宏さんの作品「時線」は、老街から少し外れた田んぼのそばに設置されている。「作品が元の景色に影響するようなことはしたくなかった」と劉さん。暗くなるとネオンがともるが、昼間は見えないようにしてある。たそがれ時、田畑と民家、そしてアートが沈みゆく夕日の淡い光で包まれる。道のカーブに沿ってぼうっと浮かぶ赤いネオンの数々。歩を進めるたびに光の線の角度が変わり、独特の風景を織り成している。

たそがれ時に訪れると、沈みゆく夕日が田んぼとアートを淡い光で包む幻想的な風景が見られる。山冶計画提供。

たそがれ時に訪れると、沈みゆく夕日が田んぼとアートを淡い光で包む幻想的な風景が見られる。山冶計画提供。



観光にとどまらない文化発信を キュレーター、林怡樺さん

北埔エリアの展示企画、マネジメントを手掛けたキュレーターの林怡樺さんは、芸術をテーマに据え、観光にとどまらないより広い観点で客家文化を伝えることが客家委員会のねらいだと話す。

今回のプロジェクトに携わるまで、自身も客家文化に対する理解はそこまで深くなかったと明かした林さん。キュレーションを担当するに当たり、チーム全体で大規模なフィールドワークを実施した。すると、各地を転々としてきた客家が、移り住んだ先でその地の人々との交流を絶えず繰り返してきたことに気付き、台湾で多数派を占めるビン南人の文化と似ている部分も多々見つけたという。「純粋な客家文化」を定義するのは難しいと考え、地元の物語や風習に焦点を当てて展示を構想した。(ビン=門がまえに虫)

林さんは、客家文化への理解のなさは自身に限らず、客家人以外の台湾人も同様だとの考えを示し、偏見や誤解さえ見受けられるとも指摘。多くの観光客は北埔を訪れても、客家に伝わる「擂茶(レイチャ)」や「柿餅(シービン、干し柿)」を楽しむだけで終わってしまう現状があることに触れ、今回のイベントを機に、客家文化に目を向ける人が少しでも増えればと期待を寄せる。林さんにとって作品はあくまで「媒介」。その先にある地元の人々の暮らしや土地に根付く文化に触れてほしいと力を込めた。

(楊千慧)



客家は漢民族のエスニックグループの一つとされ、独自の言語や文化を持つ。戦乱から逃れるため、各地を転々とし、台湾にも移り住んだと考えられている。客家委員会が2017年に発表した統計によれば、台湾に暮らす客家は約450万人と推定され、全人口の20%近くを占める。