若者の街として毎日多くの人でごった返す台北市西側の繁華街、西門町。今月7日、「台北街歩きツアー」(台北城市散歩)と「台北映画祭」(台北電影節)の共同で、同地域の映画館の歴史に触れるツアーが行われた。
西門町で映画を見る機会はたまにある記者だが、歴史については無知だったため、町をよく知るいい機会だと思いツアーに参加してみた。
台北街歩きツアーと台北映画祭のコラボレーションは今年が初めて。映画祭側の働きかけで実施が決まったという。この日のツアーには20~30代と思しき男女を中心に20人前後が参加した。案内役を務めたのは「昔の台北通」とされる高伝棋さん。高さんは西門町付近の万華で300年以上の歴史を持つ一族の16代目で、ツアーの中では知られざるエピソードを余すこと無く語ってくれた。清朝時代は大きな沼沢地だった西門町。日本統治時代に入ってから市街地の整備が進められ、日本人の娯楽・レジャーエリアに発展した。中でも多く設置されたのが映画館。現在の成都路や西寧南路沿いには数々の映画館がオープンし、映画街が形成された。戦後の1980年代には37軒の映画館があり、映画の町として全盛期を迎えた。現在ではその数は11軒に減っているが、今でも西門町は映画の町としての強い存在感を放っている。台北メトロ(MRT)西門駅に集合した一行がまず向かったのは、同駅そばのカラオケ店「パーティーワールド」(銭櫃)。この場所には1955年、「新生戯院」と呼ばれる映画館がオープン。多くの人が集う人気の場所となっていたが、1966年1月19日、火事が発生し、多数の死者を出した。その2年後に「新声戯院」として再オープンしたが、1988年にも負傷者を出す火事が起き、映画館としての歴史を閉じた。次に訪れたのは観光スポットとして知られる「西門紅楼」。日本統治時代の1908年に台湾初の公営市場として建てられた同建物では、戦後の1963年、映画館としての営業が開始された。高さんによると、1970年代にはロードショー落ちした西洋映画などが上映されていたが、その後、三流映画やポルノ映画が上映されるようになり、男性同性愛者が集う場所に様変わりしていったという。現在でも建物付近にはその文化が残っている。西門紅楼から道路を越えた向かい側にあるビルに入る「真善美劇院」は、台湾初のミニシアターとして1975年にオープン。大手映画会社「中影」が手掛ける同映画館では、現在でも多くの芸術映画が上映されている。高さんによると、ここは当時ランドマークとされており、45歳以上の人は今でもビルの前を待ち合わせ場所にすることが多いという。歩行者エリアの漢中街にある映画館「喜満客絶色影城」。台湾映画が多く上映されているという特徴を持つ。日本統治時代は「栄座」と呼ばれる劇場で、戦後に映画館「万国戯院」としてリニューアルオープンした。以前は映画館の周辺には観客をターゲットにした飲食店やドリンク店が軒を連ねていたと高さんは話す。当時はスルメやルーウェイ(滷味)と呼ばれる煮込み料理などを映画鑑賞のお供としていたが、それらは歯が汚れやすいため、デートで映画を見る男女に次第に敬遠されるようになっていったという。しかし、現在でも映画館周辺にはルーウェイや飲み物を売る店が多く見られる。絶色影城の近くには、以前の映画館名から「万国」との名の付いた老舗ルーウェイ店も。成都路と昆明街の交差点そば、現在「国賓大戯院」が建つ場所には日本統治時代、「芳の館」と呼ばれる映画館があった。当時の建物は上部が半円形になっており、特徴的な形をしていた。戦後、「美都麗戯院」として再建され、1965年にはさらに「国賓戯院」として建てなおされた。高さんによると、国賓戯院は当時、“アジア1居心地がいい映画館”との呼び声を誇っていたという。峨眉街の「今日秀泰影城」。高さんによると、このビルは現在は百貨店なども中に入っているが、以前は全フロアが映画館だったという。西門町の“後街”と呼ばれるエリアには四川料理店が多く軒を連ねる。これらのレストランは以前、ご飯のおかわりが自由だっため、映画を見に西門町に遊びに来た親子連れなどで賑わっていたと高さんは語った。3軒の映画館が並び、「電影街」と称されるエリア。「楽声影城」は1964年に当時台湾最大の映画館として開幕。最も大きなスクリーンでは1680人を収容できた。現在は24時間営業しており、深夜でも観客に娯楽を提供している。電影街にある「in89豪華数位影院」も同年、「豪華大戯院」としてオープンして以来、同じ場所で営業を続けている。電影街のある武昌街や近くの漢口街では、以前はよく試写会が行われていたという。電影街で人気の老舗炭火焼き店。高さんが喜々として紹介してくれた昆明街にある「白雪大戯院」。18禁の映画を上映しており、現在の40~60代の台北に住む男性なら一度は行ったことがあるという。だが、惜しまれながらも2012年に営業は終了した。最後に訪れたのは、獅子林ビルの4階にある映画館「新光影城」。ビルの2、3階はほとんど人がおらず、廃れた雰囲気が漂っているが、同ビル周辺は以前は「来来百貨」というデパートとともに、デートスポットとして多くの人で賑わっていたという。同映画館はロードショー作品を上映するほか、台北映画祭や金馬映画祭の会場としても使われている。約2時間半かけてじっくりと西門町を巡った今回のツアー。この地域が映画館を中心に栄えてきたことがひしひしと感じられた。学生時代によくこの町に遊びに来ていたという参加者の陳さん(25)は、ツアーを通して西門町に知られざる物語が多くあることを初めて知ったと満足そうな表情を見せていた。(名切千絵)