黄門
日本人なら誰でも知っているはずの水戸黄門。ここで中納言の唐名として使われる黄門だが、古代中国では皇帝の豪華な邸宅の門が黄色だったことから、宮殿そのものを意味する。また、皇帝の近くにいる宦(かん)官も黄門と呼ばれていた。
宦官とは去勢されて貴族や宮廷に仕えた男性のこと。日本にはいなかったものの、古代オリエントやローマ、イスラム世界などにみられ、英語のeunuch(ユウナック)にあたる。
中国の宦官といえば、「鹿を指して馬と為す」の成語故事で知られる秦の趙高など、国を私物化した悪党のイメージが強い。そんな中、中国の遠洋航海の先駆けとされる明の鄭和が異色の存在。少数民族、回族の血を引くこのイスラム教徒は、15世紀の初めから60隻前後の大船団と2万5000人を超える乗組員を率い、7回に及ぶ航海を実施、1417年の第5回ではアフリカの東岸にまで到達したという。