霧社事件の歴史を伝える古戦場、台湾初の史跡に

【観光】 2019/06/29 14:30 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
霧社事件の歴史を伝える古戦場、台湾初の「史跡」に登録される=南投県政府文化局提供)

霧社事件の歴史を伝える古戦場、台湾初の「史跡」に登録される=南投県政府文化局提供)

(南投 29日 中央社)日本統治時代、旧日本軍と台湾原住民(先住民)セデック族が戦いを繰り広げた中部・南投県のマヘボ古戦場が、「霧社事件・マヘボ古戦場―Butuc(一文字高地)及び運材古道」として台湾初の「史跡」に登録される見通しとなった。同県政府文化局が27日に発表した。今後環境整備が進められ、ガイド付き生態ツアーの実施なども検討されている。

同県文化局の資料によれば、霧社事件は1930(昭和5)年10月27日に発生した抗日蜂起。同地に居住するセデック族が日本人による統治を不満として抗議活動を起こし、マヘボ社の頭目モーナ・ルダオが6つの集落の有志約300人を統率して日本人を襲撃、殺害した。日本側は軍や警察を動員して鎮圧に乗り出し、11月5日までに反抗勢力の拠点を俯瞰できる一文字高地(セデック語でButuc)を占拠して猛攻を開始。3時間に及ぶ激戦が繰り広げられた。

古戦場は事件前までセデック族の伝統領域とされてきた場所で、史跡の範囲には、古戦場のほか、山から切り出したヒノキを霧社まで運んだ古道の一部も含まれる。道沿いに、当時戦闘用に設けられた塹壕や石垣などがはっきりと確認できるという。

同局文化資産科の王良錦科長は、史跡の範囲には含まれないものの、霧社事件の原因の一つを生んだとされる古道の起点「マヘボ造材所」に言及した。主に霧社小、公学校の宿舎などを建設するための木材を提供していた施設で、運搬工として地元の先住民を雇っていた。これらの労働者が過酷な労働条件を強いられ、次第に日本統治への不満を募らせていったという。

(蕭博陽/編集:塚越西穂)