台湾・嘉義名物の「火鶏肉飯」 誕生の裏に日本時代の配給制度

【観光】 2015/07/31 11:53 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
台湾・嘉義名物の「火鶏肉飯」  誕生の裏に日本時代の配給制度

(嘉義 31日 中央社)嘉義の名物といえばご飯の上にプリプリの七面鳥を乗せ、特製のタレをかけた「火鶏肉飯」。日本統治時代末期にルーツを持つこの料理は、70年を経た今も多くの市民に愛され続けているご当地グルメだ。

火鷄肉飯を生み出したのは、嘉義市中心部で「滷肉飯」(ルーロー飯)の屋台を営み、のちに地元の名店「噴水火鷄肉飯」の初代店主となる林添寿さん。2代目の林昭正さんによると、食糧事情の悪化で配給制度が実施されていた当時、旧正月の時に特別配給された七面鳥が余り、ルーロー飯のタレをかけてご飯と一緒に食べたところ口当たりがよく、その後商品化を決めたという。

1964年に起きた地震による大火では木造店舗が焼失する憂き目にあったが、常連客に支えられながら現在は本店を含めて6店舗を経営。昨年には市のイベントで3000人分の火鶏肉飯をつくり、ギネス世界記録に認定された。同市から渡された感謝状を持つ昭正さんは誇らしげだ。

七面鳥は台南や雲林産のものを厳選して使用。良質な醤油やネギ、砂糖、鶏ガラスープなどを24時間じっくり煮込んだタレがおいしさをさらに引き立てる。毎日大勢の客が訪れる人気店だが、さらなる規模の拡大は考えていない。「品質が落ちるからね」と昭正さんは笑った。

(齊藤啓介)