村上春樹さん新刊の絵を担当 台湾のイラストレーター・高妍さんインタビュー(前)

【社会】 2020/04/01 15:42 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
高妍さん

高妍さん

(台北中央社)台湾でも高い人気を誇る作家、村上春樹さんのエッセー「猫を棄てる 父親について語るとき」(文藝春秋)の装画・挿絵担当に、台湾のイラストレーターで漫画家の高妍(ガオ・イェン)さんが抜擢された。高さんは、日本、台湾両地の出版業界で注目が高まりつつある23歳の新鋭クリエーターだ。3月下旬、中央社の単独インタビューに応じ、今回の起用や創作活動などについて語った。前編、後編に分けて掲載する。前編では「猫を~」の仕事を中心に、抜擢されたきっかけや創作過程などについて聞いた。

高さんは1996年6月、台北生まれ。幼少期は手塚治虫の「鉄腕アトム」や「ブラックジャック」に夢中になり、近年では個性派の漫画家を多く輩出した漫画雑誌「ガロ」や漫画家の浅井いにお、近藤ようこなどに大きな影響を受けた。1年間の沖縄留学経験もある。2014年から自費出版でイラスト、漫画冊子の発表を開始し、これまでに7冊を出版。2018年に発表した「緑の歌」はSNSで話題となり、日本語版も制作された。高さんが描く漫画は自身の経験を基にしたエッセーに近く、文学的な香りが漂う。単行本の装画を手掛けるのは初めてだ。

「猫を~」のイラストレーターに抜擢されたきっかけは、日本で昨年10月に刊行されたファッションイラストレーション関連ムックに掲載された高さんの作品。高さんは注目の作家の一人として取り上げられ、誌面では自然を題材としたシリーズ作品が紹介されていた。これが、「猫を~」のデザイン担当者の目に留まった。そして複数の候補作家の作品の中から、村上さん自身が高さんの作品を選んだという。

▽村上春樹の大ファン 自身の創作活動にも大きな影響

高さんはもともと村上さんの大ファンで、自費出版した漫画「緑の歌」の「緑」は村上さんの小説「ノルウェイの森」の登場人物の名前から取るなど、高さんの創作活動において村上春樹作品の影響は根深い。「文学面において、最も刺激を受けたのは村上春樹さん」と高さんは明言する。だからこそ、村上さん自身によって選ばれたことへの喜びはひとしおだ。

同書のあとがきで村上さんは高さんの絵に言及し、「懐かしさのようなものが感じられる」と評している。高さんは「史上最高の評価」だと喜ぶ。「この称賛は『うまく描けている』とか『作品のイメージに合っている』と言われるよりもはるかに達成感があります」といい、「本当にうれしすぎる」と声を震わせながら屈託のない満面の笑みを見せた。

表紙には村上春樹の名前の下に、「絵・高妍」の文字も載った。これは村上さんたっての意向だったという。「イラストレーターとしては新人で、業界での知名度もない。それなのに村上さんは私の名前を表紙に載せてくれた。作品を重視してくれて、本当に絵を良いと思ってくれていることを感じました」と興奮を隠さない。

新人が大抜擢されることは「台湾の出版業界ではなかなか無い」と高さんは言及。日本の出版社や村上さんに対し、「作品の良し悪しだけで判断し、業界内の評判を気にしない姿勢に敬服しました」と尊敬の眼差しを向けた。

高さんはまだ村上さんとは会ったことがないが、次回の訪日で初対面が予定されている。「本当に楽しみ」と目を輝かせた。

▽作品制作、自分のスタイル貫く

作品の制作にはエッセーを読んでから取り掛かった。このエッセーは、村上さんが父親について書いたもので、戦時中や昭和30年前後のエピソードがつづられている。まだ20代で、台湾で生まれ育った高さんは当時の風景などは知る由もない。だが、村上さんの文章を読むと、描きたいシーンが脳裏に次々に浮かび、「描けない」「どうやって描けばいいんだろう」といった悩みは全く無かったと明かす。

高さんが制作したイラストは13点。作中に出てくる場面を基に、海辺や防風林、木などの風景を描いた。高さんは通常、風景の絵を描く際には、写真を見ることはせずに頭の中で想像した風景を描くというスタイルをとっている。高さんはこれを「悪い習慣」だとはにかむが、今回も普段どおり、自身の想像だけで、文字から浮かんだ風景を描いた。「多くの人から『その景色は台湾なのか、日本なのか』と聞かれます。でも実は台湾でも日本でもありません。フィクションの風景なのです」

13点のうち、村上さんの幼少期を描いた2枚だけは、出版社から提供された写真を基にしたという。読者に見てほしいのは「人物が誰なのかではなく、全体の雰囲気」だと高さんは訴える。「誰なのかは重要ではなく、読者が場面を文字で読んだ後に、イラストを見て何を思うのかが重要」だと熱弁をふるった。

高さんの以前のイラストを眺めてみると、キャンバスを目一杯使っており、力強さを感じさせる。だが今作は、よりすっきりとした雰囲気があり、繊細さや広がりが増している印象を受ける。高さんは「エッセーに合わせて画風を変えたわけではない」と断言しつつ、「でもなんでこんな風に描いたのか自分でも分からない」と自然体で笑う。「自分が進歩したのかもしれない」と自己分析してみせた。村上さんが称賛する「懐かしさ」についても、意図的にしたわけではないと明かした。

▽一時期は浮世絵を研究

高さんの絵は懐かしさを感じさせるだけでなく、どことなく浮世絵の風情もある。特に、海辺の風景に描かれた波の描写は葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を彷彿とさせる。

「以前の作品は浮世絵の影響を受けています」。実は高さんは一時期、浮世絵を研究していたこともある。「漫画」という言葉のルーツが浮世絵にあることに言及した上で、浮世絵の研究を通じてイラストや漫画の描き方を練習していたと明かした。

▽苦しんだのは「自分との葛藤」

作品制作自体はスムーズだったものの、かつてない大仕事へのプレッシャーは相当で、一番つらかったのは「自分自身との葛藤」だったと高さんは打ち明ける。年明けの約1カ月で13点を全て描き終え、出版社に提出していたものの、2月にフランス・アングレーム国際漫画祭に参加した後、パリの美術館で数々の名画に触れたことで「まだまだ不十分」との思いが募り、一度は「全部描き直したい」と申し出たこともあったという。だが、結局は修正にとどめ、2~3週間かけて手を加えた。作品制作の上で、出版社から要求などはなく、訂正を加えられることもなかったという。

後編に続く。後編では高さんの漫画家としての活動について聞いた。https://cutt.ly/LtYzHUy

(名切千絵)