旧日本海軍士官を祭る高雄・保安堂 日台の縁をつないで73年/台湾

【社会】 2019/11/23 20:26 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
「海府大元帥」(高田又男大尉)の神像=保安堂提供

「海府大元帥」(高田又男大尉)の神像=保安堂提供

(高雄中央社)南部・高雄市鳳山にある道教の廟「保安堂」には、日本から毎年のように多くの参拝客が訪れる。日本との縁をつなぐのは、同廟が祭る1体の軍服姿の神像と、1隻の旧日本海軍の軍艦模型だ。

同廟の張吉雄主任委員が21日、中央社の取材に応じた。張氏によると、同廟は、戦後間もない1946年、沖合で漁をしていた漁師が、操業中に引き上げた頭蓋骨を地元の紅毛港に持ち帰り、祠に祭ったことに由来している。祠は「海府」と呼ばれ、霊験あらたかだったことから、信者の間で廟を建立する話が持ち上がった。

1967年ごろ、同地で不思議なことが相次いだ。当時、高雄港の拡張工事に参加していた日本人技師が、工事現場のそばにあった海府に、セメント500袋をを寄付したのだ。旧日本軍の士官が夢枕に現れ、「廟を建立するためのセメントを奉納してほしい」と頼んだという。同じころ、地元の漁師が突然神がかりのような状態になり、日本語で「自分は太平洋戦争で米軍に撃沈された第38号軍艦の艦長だ」などと話し始める出来事もあった。これらのことから、新しい廟には軍服姿の「海府大元帥」の神像が安置されることとなった。廟は「保安堂」と名付けられ、地元の人々に厚く信仰されてきた。

その後、保安堂は近隣の鳳山に移転。90年代には、沈没した軍艦の乗組員が故郷に帰れるようにとの願いを込めて、船体に「38にっぽんぐんかん」と記した木製の軍艦模型をご神体同様に安置。同廟の特色の一つとなっている。

同廟は近年になって、第38号軍艦に関する調査に乗り出し、1944年にバシー海峡で米海軍に撃沈され、乗組員145人が戦死した第38号哨戒艇「蓬」であると特定。これに伴い、これまで73年間祭ってきた海府大元帥が、艇長だった高田又男予備大尉だったことが判明した。

今年も23日に交流イベントが催され、日本からは海上自衛隊で自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏や慰霊訪問団らが出席した。

(王淑芬/編集:塚越西穂)