八田技師の妻、外代樹夫人の銅像除幕式/台湾・台南

【社会】 2013/09/01 19:45
八田技師の妻、外代樹夫人の銅像除幕式/台湾・台南

(台南 1日 中央社)南台湾で日本統治時代に烏山頭ダムを設計した八田與一(はったよいち)技師が亡くなった後、妻の外代樹(とよき)夫人が後を追ってダムの水に身を投じた日のきょう9月1日、八田記念公園(台南市)で夫人の銅像の除幕式が行われ、関係者や観光客が八田夫婦をしのんだ。

1901(明治33)年生れの外代樹夫人は1917年石川県金沢第一高等女学校を卒業後、八田技師と結婚、夫に従って台湾に渡って来た。八田技師は1942年殉職、外代樹夫人は女手一つで8人の子供を育て上げた。1945年の終戦で日本人の引き揚げが始まったが夫人は台湾にとどまり、夫の作ったダムの着工記念日である9月1日を選んでダムの放水口に投身自殺した。

「八田與一文化芸術基金会」では「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会」と協力して銅像設置を推進、日本の彫刻家、村井良樹さんに制作を依頼していたが、今回ついに烏山頭ダム八田記念公園内の八田旧居でお披露目となった。1日午前の除幕式には日本からも約250名が出席、八田技師の長男の嫁にあたる八田綾子さんが一族を代表して出席した。

銅像は当時の八田家の写真をもとに八田夫人が幼い四女の嘉子さんを抱きかかえているところを再現したもの。綾子さんは除幕のあと銅像に見入っていた。

頼清徳・台南市長は挨拶の中で、八田夫人の像の設置で記念公園がさらに良いものとなり、夫人の銅像が台南市と日本各都市との間の友好の印となるよう願いつつ良好な台日関係をさらに強化していきたいと述べた。

また、対日台湾窓口、亜東関係協会の李嘉進会長は、八田與一技師が烏山頭ダムを作ってくれたおかげで南部の嘉南平野が台湾の米蔵に生まれ変わったが、これは八田技師の成功を陰で助ける偉大な女性がいたからこそだと夫人の内助の功を称え、八田氏の精神を忘れることなく台日の友好関係を維持するよう共に努めていきたいと述べた。

【 写真 】 八田外代樹夫人のブロンズ像と八田綾子さん(左)

(楊思瑞/編集:谷口一康)