八田与一逝去から77年 建設指揮した台湾南部のダムで追悼式

【社会】 2019/05/09 13:25 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
八田与一の銅像に献花する黄偉哲台南市長(手前右)

八田与一の銅像に献花する黄偉哲台南市長(手前右)

(台南 9日 中央社)日本統治時代に台湾の水利事業に貢献した日本人技師、八田与一の逝去から77年を迎えた8日、八田が建設を指揮した南部・台南市の烏山頭ダムで追悼式が開かれた。孫の八田修一さんなど親族のほか、八田の故郷、金沢市の訪問団も出席し、ダム関係者や黄偉哲台南市長とともに、故人を偲んだ。

同ダムは1920(大正9)年の着工から来年で100年になる。八田は中部から南部にまたがる嘉南平原に水を供給するかんがい施設、嘉南大シュウの設計も手掛けた。八田の功績により、かつて不毛の地だった嘉南平原は台湾の主要な穀倉地帯に生まれ変わった。(シュウ=土へんに川)

修一さんは、ダムや嘉南大シュウを管理する嘉南農田水利会や台湾の努力に感謝を示し、日台双方の友好関係が長く続いていくことを願った。

水利会の楊明風会長はあいさつで、ダム着工100周年となる来年、規模を拡大して記念イベントを開催する予定を明らかにした。黄市長は、台湾に貢献をした人は国籍を問わず高く評価するに値するとし、市として来年の記念イベントに協力する考えを示した。先人がいかにしてこの土地を開拓したのかを伝えたいとしている。

(楊思瑞/編集:名切千絵)