文化の黒潮 台湾―日本<4>大谷主水さん 九州男児の恩返し

【社会】 2018/10/04 19:57 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
大谷主水さん

大谷主水さん

(台北 4日 中央社)中学時代からテコンドー選手として頭角を現し、高校時代には日本代表入りも果たした大谷主水さんが、現在、タレント「夢多(Mondo)」として台湾で活躍している。

1980年生まれの大谷さんは、宮崎県出身。テコンドー選手として日本国内では無敗を誇ったが、世界の壁を越えることは難しかったという。2006年の世界学生選手権でじん帯を切って北京五輪を断念し、現役を引退した。そのとき大谷さんが向かったのは、かつてテコンドー留学していた台湾だった。

台湾を知るきっかけとなったのは、飛行機で出会ったテコンドーの台湾チームだった。同じ国際大会に出場するのに、緊張感漂う日本チームとは対照的に、和気あいあいとリラックスしていた台湾の選手たち。ところが試合では、別人のような集中力を見せ付けた。このようなメリハリのある姿勢に「これだ」と直感し、台湾への興味が芽生えた。02年、テコンドー留学生として中部・台中市に1年間滞在した。

大谷さんは03年の世界選手権でけがをした。コーチとのあつれきに悩んでいた彼の応急手当をしてくれたのは、台湾チームのトレーナーだった。大谷さんは、このときの感謝は「謝謝(ありがとう)」の一言では言い表せなかったと振り返る。「台湾のためにできることはないだろうか」と新たな人生の選択肢ができた。

台湾での大谷さんは、芸能プロダクションにスカウトされ、06年に芸能界デビュー。人気旅グルメ番組のレポーターとして活躍するほか、これまでに「変身」(13年)や「ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。」(17年)などの台湾映画にも出演。日本や台湾で放送されるテレビ番組「夢多の宮崎&台湾行きタイワン!」ではメインMCとして故郷宮崎と台湾の魅力を伝えている。

台湾への恩返しとして始めた路上のごみやたばこの吸い殻を拾う習慣は、在住12年になる今でも続く。今の仕事をしっかりとこなし、日本に台湾の良さを伝えることも恩返しにつながると考えている。今後の目標を台湾のテレビ番組賞、ゴールデン・ベル・アワード(金鐘奨)に据え、九州男児らしく「男として、一生で夢を二度捨てることはできない」と熱く語った。

(汪宜儒/編集:塚越西穂)



近年、台湾のブランドが日本に相次いで進出したり、台湾文化を紹介するイベントが日本で度々開催されたりするなど、日台の文化交流はますます盛んになっている。「文化の黒潮 台湾―日本」と題し、台湾と日本の文化の架け橋として活躍する各界の日本人を5回にわたって紹介する。