矢部太郎さん「大家さんと僕」台湾で出版 「自分なりの『幸福感』を大事に」

【芸能スポーツ】 2020/11/18 12:16 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
矢部太郎さん=新潮社提供

矢部太郎さん=新潮社提供

(台北中央社)お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎さんが一つ屋根の下に暮らす大家さんとの物語を描いた漫画「大家さんと僕」の台湾版が10月下旬、刊行された。矢部さんは今月初頭、リモートで中央社の単独インタビューに応じ、台湾での出版や大家さんとの暮らしを通じて感じた思いなどを語った。

▽台湾での出版は「とても嬉しい」

同作は矢部さんにとって漫画家デビュー作となる。2017年に日本で出版され、19年刊行の続編「大家さんと僕 これから 」も含め、シリーズ累計発行部数は120万部を突破した。海外での刊行は韓国に続いて2カ国目となる。

「(台湾では)日本の本もたくさん出版されていると聞いていて、『もし出版されたらいいな』とどこか思っていたので、出版の話を聞いた時はとても嬉しかったです」と矢部さんは控えめに笑顔を見せる。

▽台湾版の題字に込めた思い

台湾版のタイトルは「房東阿嬤與我」(直訳:大家のおばあちゃんと僕)。日本語には無い漢字も含まれるが、表紙の題字は矢部さん自らが手掛けた。矢部さんにとって、繁体字は初挑戦。練習に練習を重ね、何枚もの候補を出版社に送った。「初めて見る字だからバランスが全然分からなくて、どう書くと正解なのかがちょっと今でも分かってないです」と不安まじりに告白し、「大丈夫ですか?読めますか?」と記者や同席していた台湾の出版社の担当者に逆質問。中国語の題字からも日本版同様にぬくもりが感じられたことを伝えると、矢部さんはほっとした表情を浮かべ、こう続けた。

「漢字はもともと絵だったって言いますもんね。表意文字。意味を表してるから、やっぱりちょっと、絵っぽく書いてるかもしれないですね。ここ(阿嬤)は大家さんなんだろうなと思ったから、大家さんっぽく優しい雰囲気になったらいいなと思って書いて。最後の「僕」(我)のところは、これは僕だから、ちょっと崩れて頼りない感じがいいかなと思って書きました」

▽ 血縁関係がない高齢者と暮らす生活 「教えてもらったことが多い」

同作では、アパートの1階に住む大家のおばあさんと、入居者として2階の部屋に暮らす矢部さんの心温まる交流がほのぼのとしたタッチの絵柄で描かれる。台湾では近年、血縁関係のない高齢者と若者が一緒に暮らす「青銀共居」(異世代ホームシェア)という居住スタイルを推進する取り組みが北部・新北市などで行われている。矢部さんと大家さんの場合は完全な共同生活では無いものの、互いが助け合って暮らしているという点で異世代ホームシェアの実践に近い。

高齢の大家さんとの交流を通じて、矢部さんは「僕だけでは見えていなかったようなことがたくさん見えたし、教えてもらったこともすごく多かった」と振り返る。大家さんに街の歴史や戦争の話、戦後日本のシャンソン・ブームなどを、体験者の生の声として聞かせてもらい、「すごく考えることがありましたね」としんみり。一方で、矢部さんはカーテンを外したり、台風襲来の前に木を縛ったりといった大家さんができない作業を手伝っていたという。「頼りにされるということは僕はすごく嬉しくて、存在していていいんだというような、自己肯定できるような気持ちになれました」

異世代での暮らしは、互いが補い合うことで「お互いにすごくいい関係になれる可能性はあるんじゃないか」と矢部さんが言う。だがその一方で、このような暮らし方を若者に勧めたいか問うと、矢部さんはしばらく考え込んだ後、「僕は本当にたまたまそうであって、やっぱり気が合ったというのは大きいと思うんです」と切り出し、「人間関係では、合う人合わない人がいると思います。僕はすごく幸運なことに素敵な大家さんと出会うことができて、いい時間だったというのは確かにあります。でもそれを簡単に勧めることはできないかな。やっぱり難しいこともあると思うし」と言葉を慎重に選びながら率直な意見を示した。

台湾でこのような取り組みが行政主導で行われていることについては「すごくいいなと思いました」と好意的な見方を示し、「コロナの対策など色々見ていても、台湾は日本より進んでいるところがたくさんあるなと思う」と称賛した。

▽ 福山雅治が自分の部屋に

大家さんは2018年8月に帰らぬ人となった。大家さんと暮らしたアパートはすでに取り壊されてしまっているが、2018年に大家さんが亡くなる前に、岩井俊二監督、福山雅治主演の映画「ラストレター」の撮影がこの場所で行われ、アパートは映像で残されることになった。矢部さんは「岩井俊二さん、僕も大好きで作品も全部見ていて、すごく映像が美しいから、あの美しい映像で、あの家が残ってるというのはすごく嬉しい」と喜ぶ。矢部さんも郵便配達員役で出演した。

作品の中では、あまり売れていない小説家という役どころの福山さんが住む部屋という設定で、矢部さんの部屋が登場した。矢部さんに声を掛けたスタッフは本がたくさんあるイメージで部屋を探しており、漫画については知らなかったのだという。矢部さんは「福山さんがまさか僕の部屋に住んでるなんて考えたこともなかった」と明かし、撮影当日に福山さんが本屋に行って漫画を買ってきてくれて、矢部さんがサインをしたというエピソードを披露。「福山さんにサインしたんです。僕が。スーパースターに僕が」と興奮気味に話した。いつも自分が座っている机に福山さんが座っているのは「すごい変な気持ちだった」といい、撮影終了後にスタッフが帰った後も、福山さんの気持ちで何日かは過ごしたとおどけてみせた。

▽ 台湾では本屋訪問に期待 「文青になりたい」

矢部さんは過去に1度、台湾を訪れた経験がある。NHKの中国語テレビ講座の授業の一環で、一人で台湾で買い物をするという企画だったのだが、道中ではつたない中国語にもかかわらず、台湾の人に話をしっかり聞いてもらえ、助けてもらったことが印象に残っているという。

今回は新型コロナウイルスの影響で訪台は叶わなかったが、次回台湾を訪問する機会があれば「サイン会をしたい」と台湾の読者との交流に期待をにじませる。矢部さんに、次の訪台時にやりたいことを聞いてみると、行きたい場所として最初に出てきた答えは、本好きの矢部さんらしく、本屋や漫画専門店「Mangasick」など本に関する場所ばかり。台湾では世俗的なものを嫌う個性派でおしゃれな人やその人たちが好む文化などを「文青」と称する。矢部さんはこの「文青」が台湾で流行っていることをラジオで知ったといい、「そういう人たちが行くところに行ってみたいですね。文青になりたいです」と目を輝かせた。

矢部さんには同作を通じて伝えたいメッセージがある。「大家さんも高齢で一人暮らしされていて、僕も一人で独身で。そういう人って幸せではないんじゃないかと思われたりもするかもしれないのですが、実際はみんな一人一人すごく幸福感があると思うんですね。そういうことは感じてほしいと思いますね。人が決めるんじゃなくて、自分でどう思っているか。その大事さというのは書きたいと思っています」

(名切千絵)