台湾「唐奨」受賞のサックス氏 「法治と共存の道を歩んできた南アフリカ」

【社会】 2014/06/21 13:17 文字サイズ: 字級縮小 字級放大
「唐奨」法治賞に輝いたサックス氏(右)。妻のヴァネッサさん、末っ子のオリバーさんと。

「唐奨」法治賞に輝いたサックス氏(右)。妻のヴァネッサさん、末っ子のオリバーさんと。

(ケープタウン 21日 中央社)アパルトヘイト撤廃直後の南アフリカで憲法裁判所の初代首席判事を務め、新憲法の制定や人種差別のない法環境の整備に力を尽くしたとして2014年台湾「唐奨」の法治賞を受賞したアルビー・サックス氏が中央社のインタビューを受け、人権のために闘ってきた日々を振り返った。

サックス氏は南アフリカに住む白人のユダヤ人。若い頃に投獄され拷問を受け、その後24年間海外に逃れた。1988年には亡命先のモザンビークで南ア当局による暗殺未遂に遭い、右腕と片方の目の視力をほとんど失った。1994年の南ア選挙でアフリカ民族会議が政権を獲得した後、当時のマンデラ大統領によって憲法裁判所の首席判事に任命された。

当時、南ア新憲法の起草委員を務めていたサックス氏は、ねばり強い対話と意思疎通と協議の下に誕生した新憲法が、南アフリカの全国民に正義と公平をもたらし、肌の色によって正しいか正しくないか、許されるか許されないかが区別され迫害を受けることは、もはや二度とないと力強く語った。

新生南アフリカとなったある日のこと、サックス氏が片方の目や腕を失ったモザンビークの事件で爆弾を仕掛けた治安警察メンバーの1人、ヘンリという男性が面会に来た。2人は長い時間語り合ったが、サックス氏は彼に「真相委員会に事件の全てを打ち明けなければ、あなたと挨拶の握手はできない」と告げた。その後、随分経って別の場所で2人は再会。真相委員会に一切を話したと伝えにきたヘンリの手を、サックス氏は左手で固く握った。後で人に聞いたところでは、ヘンリはその後2週間泣き続けていたという。サックス氏は「我々が人間本来のあるべき姿に戻り、南アフリカが“互いに共存する”ことを学んだことを象徴する出来事だ」と話す。

サックス氏は2009年に引退したが、現在も米イェール大学法学部などで授業や講演を行い、南アフリカの民主化の成果を人々と分かち合おうと世界各地を飛び回っている。

サックス氏は台湾との関係についても触れ、「台湾の政府はかつてアパルトヘイトを支持していた。当時はこの政策が長く続くと思っていたのだろう。だが、南アフリカでは人権のために血を流し命をなげうって闘い、黒人と白人が仲良く暮らす日々がやがて訪れるのを信じていた人々がいた」と当時を振り返る。

今回、台湾「唐奨」受賞の第一報が入ってきた時、周囲の誰もが耳にしたことのない賞の名に、新手のインターネット詐欺に違いないと一度は確信したと笑うサックス氏。身に余る光栄で、受賞は南アフリカのために力を尽くした一人ひとりのものだと謙遜した。

(徐梅玉/編集:谷口一康)